従業員を採用する際、このような説明を口頭で行っている会社もあるのではないでしょうか。
特に中小企業では、社長自ら採用面接を行い、その場で給与や勤務時間などの条件を決めることも珍しくありません。
もちろん、口頭で労働条件について話し合うこと自体が問題なのではありません。
例えば、会社としては「試用期間終了後に昇給を検討する」と伝えたつもりでも、従業員は「試用期間が終われば必ず昇給する」と理解しているかもしれません。
こうした認識の違いが、入社後の労使トラブルにつながることがあります。
今回は、雇用契約における口約束の扱いと、労働条件通知書・雇用契約書の違い、労働条件を変更する際の注意点について解説します。
01.雇用契約は口約束でも成立する?
まず知っておきたいのが、雇用契約は必ずしも書面を交わさなければ成立しないわけではないということです。
労働契約法第6条では、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労使双方が合意することで労働契約が成立すると定められています。
ただし、ここで注意したいのが、雇用契約が成立することと、会社が労働条件を明示する義務は別だという点です。
労働基準法第15条では、労働契約の締結に際して、使用者に労働条件の明示を義務付けています。
特に、契約期間、就業場所・従事する業務、労働時間、賃金、退職に関する事項など、法令で定められた重要な労働条件については、原則として書面の交付による明示が必要です。
一定の条件を満たせば、労働者が希望する電子メール等による明示も認められています。
02.労働条件通知書と雇用契約書は何が違う?
採用時に使用する書類として、労働条件通知書と雇用契約書があります。
似たような書類ですが、それぞれ役割が異なります。
| 項目 | 労働条件通知書 | 雇用契約書 |
|---|---|---|
| 主な目的 | 労働条件を明示する | 労働条件について双方の合意を確認する |
| 法律上の位置付け | 法定事項の明示が必要 | 契約書の作成自体は原則として義務ではない |
| 署名・押印 | 原則として不要 | 合意の証拠として署名等をもらうことが一般的 |
| 会社にとっての役割 | 明示義務への対応 | 認識の相違やトラブルの予防 |
※表が画面に収まらない場合は、左右にスクロールしてご確認ください。
例えば、労働条件通知書は、会社が従業員に対して給与や労働時間などを知らせるための書類です。
一方、雇用契約書は、その条件について会社と従業員が合意したことを確認する役割があります。
実務上は、両方の役割を兼ねた「労働条件通知書兼雇用契約書」を使用する会社もあります。
大切なのは書類の名称ではなく、必要な労働条件が明示され、会社と従業員の認識が一致していることです。
特に給与や固定残業代、勤務時間、休日などは、入社後のトラブルにつながりやすい項目です。
03.口頭で説明した内容と契約書が違っていたら?
例えば、採用面接で次のようなやり取りがあったとします。
従業員:「分かりました」
その後、会社が作成した雇用契約書には「月給25万円」とだけ記載されていました。
入社から3か月が経過した頃、従業員から「28万円になると聞いていました」と言われた場合、どうなるでしょうか。
このケースでは、面接時の説明がどのような意味だったのかが重要になります。
会社が昇給を確約したのか、それとも勤務成績などを踏まえて検討すると説明したのかによって、判断が変わる可能性があります。
また、雇用契約書に25万円と記載されているからといって、面接時の約束が必ず無効になるわけでもありません。
口頭での合意内容や、その後のやり取りなども問題になります。
このようなトラブルを防ぐためには、条件をできるだけ具体的に定めておくことが大切です。
例えば、試用期間終了後の昇給を予定している場合でも、
といった形で、実際の会社の方針を明確にしておくとよいでしょう。
もちろん、最初から昇給を確約するのであれば、その内容を契約書にも記載しておく必要があります。
04.入社後に給与や勤務時間を変更する場合は?
採用時だけでなく、入社後の労働条件変更にも注意が必要です。
例えば、次のようなケースです。
- 会社の業績が悪化したため、基本給を引き下げたい
- 所定労働時間を8時間から7時間30分に変更したい
- 固定残業代の金額や対象時間数を変更したい
- 休日数や勤務日数を変更したい
こうした変更を行う際、会社が一方的に決めてよいとは限りません。
労働契約法第8条では、労働者と使用者は合意によって労働条件を変更できると定められています。
特に、給与の引下げなど、従業員に不利益となる変更については慎重な対応が必要です。
例えば、会社が「来月から基本給を3万円下げます」と一方的に通知したとしても、それだけで当然に変更が有効になるわけではありません。
また、従業員が変更内容を十分に理解していないまま署名した場合には、後から合意の有効性が争われる可能性もあります。
05.労働条件の変更は「同意書」を取れば安心?
労働条件を変更する際、従業員から同意書を取得している会社もあるかと思います。
書面を残すことは、後々のトラブルを防ぐうえで有効です。
しかし、同意書があれば、どのような変更でも必ず認められるわけではありません。
この点について参考になるのが、山梨県民信用組合事件(最高裁判所・平成28年2月19日判決)です。
この事件では、退職金に関する不利益な変更について、従業員が同意したといえるかが争われました。
最高裁判所は、不利益な変更への同意について、従業員の行為だけでなく、変更による不利益の内容や程度、同意に至る経緯、事前の情報提供や説明内容などを踏まえ、自由な意思に基づく同意と認められる合理的な理由が客観的に存在するかを判断すべきと示しました。
特に給与や退職金などの重要な労働条件を変更する場合には、変更前後の内容を比較できる資料を用意し、説明の機会を設けることが望ましいでしょう。
06.会社がトラブルを防ぐために確認したいこと
労働条件に関するトラブルを防ぐためには、採用時と条件変更時の両方で、書類と実際の運用を一致させることが大切です。
具体的には、次のような点を確認しておきましょう。
- 採用時に労働条件通知書を交付しているか
- 口頭で説明した給与や勤務時間が契約書と一致しているか
- 試用期間中と終了後の条件が明確になっているか
- 固定残業代の金額や対象時間数が明示されているか
- 労働条件を変更する際に、必要な説明や合意の確認を行っているか
- 雇用契約書と就業規則の内容に矛盾がないか
特に、採用担当者と給与計算担当者が異なる会社では、採用時に決めた条件が正しく共有されているかも重要です。
面接時の説明と給与計算の設定が異なっていれば、会社に悪意がなくてもトラブルになる可能性があります。
まとめ|労働条件は口約束で終わらせないことが大切
雇用契約は口頭でも成立します。
しかし、口頭での約束は、後から「言った・言わない」の問題になりやすいものです。
また、労働条件通知書や雇用契約書を作成していても、実際に説明した内容や日々の運用と異なっていれば、トラブルを防ぐことは難しくなります。
従業員との認識の違いを防ぐことは、会社を守るだけでなく、安心して働ける職場づくりにもつながります。
さいたま市にある社会保険労務士 渡邉事務所では、労働条件通知書・雇用契約書の作成や見直しをはじめ、給与・労働時間などの労働条件変更に関するご相談にも対応しております。
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