経営者の方から、このようなお話を聞くことがあります。
毎月の給与にあらかじめ一定額の残業代を含めて支給する「固定残業代制度」は、多くの企業で導入されています。
毎月の人件費をある程度見通しやすくなることから、導入を検討する会社もあるでしょう。
制度の定め方や実際の運用によっては、会社が残業代を支払っていたつもりでも、法律上の割増賃金の支払いとして認められない可能性があります。
今回は、固定残業代を導入している会社や、これから導入を検討している会社に向けて、注意しておきたいポイントを解説します。
01.そもそも固定残業代とは?
固定残業代とは、実際の残業時間にかかわらず、あらかじめ定めた金額を時間外労働等に対する賃金として支給する仕組みです。
例えば、月給30万円の従業員について、次のように設定するケースがあります。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 基本給 | 250,000円 |
| 固定残業代(25時間分) | 50,000円 |
| 月額給与 | 300,000円 |
※金額は説明用の例です。実際には月平均所定労働時間や割増賃金の計算基礎となる手当等を踏まえて算定する必要があります。
この場合、残業が10時間しかなかった月でも、原則として固定残業代の5万円を支給します。
一方、実際の残業に対する割増賃金が5万円を超えた場合には、不足額を追加で支払わなければなりません。
また、固定残業代を導入していても、労働時間の把握や36協定の締結・届出など、通常の労務管理が不要になるわけではありません。
02.「月給30万円、残業代込み」では不十分?
固定残業代で最初に確認したいのが、基本給と残業代の区分です。
例えば、雇用契約書に次のような記載があったとします。
これだけでは、30万円のうち、いくらが基本給で、いくらが残業代なのか分かりません。
固定残業代として支払った金額が明確でなければ、法律上必要な割増賃金が支払われているかを確認することも難しくなります。
また、固定残業代が何時間分に相当するのかについても、労働条件通知書や雇用契約書などで具体的に示しておきましょう。
実務上は、次のような記載が分かりやすいでしょう。
なお、固定残業代として設定する時間数や金額は、実際の労働条件に基づいて計算する必要があります。
03.固定残業代に関する最高裁判例
固定残業代については、過去に最高裁判所でも争われています。
代表的な裁判例が、日本ケミカル事件(最高裁判所・平成30年7月19日判決)です。
この事件では、薬局に勤務していた従業員に対して支給されていた「業務手当」が、時間外労働等に対する賃金として認められるかが問題となりました。
雇用契約書や採用条件確認書、賃金規程などには、業務手当が時間外労働に対する手当である旨が記載されていました。
最高裁判所は、ある手当が時間外労働等の対価として支払われているかどうかについて、契約書等の記載内容だけでなく、従業員への説明内容や実際の勤務状況なども考慮して判断すべきであると示しました。
そして、この事件では業務手当が時間外労働等の対価として支払われていたと判断し、会社側が敗訴した部分を破棄して差し戻しました。
この裁判例からも分かるように、重要なのは手当の名称だけではありません。
「業務手当」「職務手当」といった名称で支給している場合でも、固定残業代として認められることはあります。
04.固定残業時間を超えたら追加の支払いが必要
固定残業代を導入している会社で、特に注意していただきたいのが不足額の精算です。
例えば、毎月5万円の固定残業代を支給している会社を考えてみましょう。
その月の労働時間を集計した結果、法律上必要な割増賃金が7万円だった場合、差額の2万円を追加で支払う必要があります。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 支給済みの固定残業代 | 50,000円 |
| 実際に必要な割増賃金 | 70,000円 |
| 追加で支払う金額 | 20,000円 |
一方、実際に必要な割増賃金が3万円だった場合でも、原則として固定残業代5万円を支給します。
つまり、固定残業代は実際の残業時間が少なかったからといって、自由に減額できるものではありません。
また、固定残業代が時間外労働のみを対象としているのか、休日労働や深夜労働の割増賃金も含むのかについても、明確にしておく必要があります。
例えば、時間外労働25時間分の固定残業代を設定している場合、深夜労働や法定休日労働の割増賃金が別途必要になることがあります。
毎月の労働時間を正確に集計し、必要な割増賃金と固定残業代を比較することが重要です。
05.固定残業代が無効になるとどうなる?
固定残業代の取り決めが法律上の割増賃金の支払いとして認められなかった場合、会社にとって大きな負担が生じる可能性があります。
例えば、固定残業代として支給していた手当が、通常の労働に対する賃金と判断される場合です。
この場合、その手当が割増賃金の計算基礎に含まれ、改めて未払い残業代を計算しなければならなくなる可能性があります。
また、未払い賃金については過去にさかのぼって請求されることもあります。
従業員が複数いる場合や、長期間にわたって同じ運用を続けていた場合には、未払い残業代が高額になることも考えられます。
そのため、固定残業代を導入している会社では、制度の内容だけでなく、実際の給与計算まで確認しておくことが大切です。
06.固定残業代を導入している会社が確認したいこと
固定残業代は、適切に設計・運用すれば利用できる制度です。
ただし、就業規則や雇用契約書に記載しているだけで安心することはできません。
特に、次の点を確認しておきましょう。
- 基本給と固定残業代が明確に区分されているか
- 固定残業代の金額と対象となる時間数が明示されているか
- どの種類の割増賃金を含むのか明確になっているか
- 実際の労働時間を毎月正確に把握しているか
- 固定残業代を超える割増賃金が発生した場合、差額を支払っているか
- 雇用契約書・就業規則・給与明細の内容に矛盾がないか
また、基本給の昇給や所定労働時間の変更があった場合には、固定残業代の金額や相当時間数が適切かどうか、改めて計算する必要があります。
特に、何年も前に設定した固定残業代をそのまま使用している会社では、現在の賃金水準や労働時間と合っていない可能性もあります。
まとめ|固定残業代は「設定」よりも「運用」が重要
固定残業代は、法律上認められる制度ですが、導入すれば残業代の計算や追加支給が不要になるわけではありません。
会社として押さえておきたいのは、次の3点です。
「うちは残業代込みだから大丈夫」と考えている会社こそ、一度現在の給与体系を確認してみることをおすすめします。
さいたま市にある社会保険労務士 渡邉事務所では、固定残業代制度の導入・見直しをはじめ、雇用契約書や就業規則の整備、給与計算の確認などをサポートしております。
固定残業代の設定や運用に不安がある場合は、お気軽にご相談ください。
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